2006年09月25日

憧れの、桑田真澄。2

今日のスポーツ新聞は、『 桑田真澄 』

9月23日、インターネットを見ていると、トピックスの
欄に『 桑田 』の活字を発見!続けて『 お別れ 』の
文字も刻まれていました。

自分にとって、野球といえば『 桑田 』というくらい
大好きな存在であり、大ファンでした!
ニュースや新聞を見て、本当に巨人を辞めるんだな〜、
と実感しました。



『 桑田真澄 』さん、(失礼ながら、以下『 桑田 』と
呼ばせて戴きます。)を見たのは夏の甲子園。

1年生のエースと4番を要するPL学園が優勝!
それから5季連続の甲子園出場と、まさにPL学園の
絶頂期でしょう。

自分は、清原ではなく桑田に釘付けでした。(笑)

今年の夏は甲子園3連覇!を目指す駒大苫小牧の試合も
よく見ましたが、今までの中で高校野球を一番見たのは、
やっぱりPL学園の試合だと思います。


そして、1985年のドラフト会議・・・。(今年は今日です。)
当初、早稲田大学への進学を公表していた桑田。
清原は巨人への入団を希望していたが、巨人が指名した
のは、清原ではなく桑田・・・。

この話題になると、人は「 清原が可愛そう。」と言い、
桑田が悪者扱いにされてしまいます。


それから、21年間ずっと桑田を応援してきました。
自分は巨人ファンだと思っていましたが、巨人が好き
なのではなく、桑田が好きだったのでしょう。(笑)

自分が一番思い出に残っている試合は、94/10/8の
中日vs巨人です。シーズン最後の130試合目で勝った
チームが優勝!というドキドキする試合でした。

巨人は三本柱(槙原・斎藤・桑田)と呼ばれるエース
を贅沢に使った試合で見事優勝!
胴上げ投手となった桑田がすごく印象的でした。

日本シリーズも西武を相手に投手の軸として活躍し、
長島監督の「 桑田、シビれるところで行くぞ!」
の言葉には、自分もしびれました・・・。(笑)


次の年も活躍を期待しましたが右ひじのケガ・・・。


それからも、ずっと応援していましたが、最近では
なかなか登板すらなく、寂しく思っていました。


今回の宣言は、自分は良かったのでは、と思います。
このまま引退するより、他で必要としてくれるチーム
があるのであれば、そのチームで投げてほしいです。



< お別れ >  9月23日

友へ

今年は、たくさん話をするつもりだったけど、全く
できなくて本当に申し訳ないね。
2月に、人生の師、藤田さんが他界され、直ぐに祖母
ともお別れをしなければいけなくなった。
別れが多い1年かもしれないね。

このページも、2000年から続けてきたけれど、
今年でお別れになると思うし、何より、明日、
ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、
おそらく最後になるだろう。
21年間、大きく育てていただいた、ジャイアンツに
心より感謝している。
明日は、短いイニングだけど、友への感謝の気持ちを
胸に投げたいと思う。

桑田真澄のたった一度の野球人生を、大切に、そして
誠実に生きたい。

長い間、ありがとう

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もちろん、他のチームに行っても自分は応援します。


『 小さな幸せ度 』 ・・・☆☆

○2つのアイデアを形にする(10月1日)まで あと6日
○第二児出産予定日(11月6日)まで あと42日

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jungogo7 at 23:00│Comments(0)TrackBack(0)clip!趣味 | 思い出

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プロフィール
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 【名前】 岬 太郎(自分)
 【年齢】 30代
 【職業】 普通の会社員
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 【一言】 日々小さな幸せを探して日記
      を書いています。

    『 沢山の笑顔 』 に出会える
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